オオカミの呼ぶ声 番外編SLK 第4話 SLK3 誘拐 |
その足は力強く大地を蹴り。 そのしなやかな体は軽やかに宙を舞い。 その美しい毛は太陽の光を浴び、輝いて見える。 ・・・のだが。 「もういい!もういいから降ろしてくれ!スザク!!」 その背は、非常に乗り心地が悪かった。 ようやくその動きを止めた獣の背から、転げ落ちるように降りると、僕は全身で荒い呼吸を繰り返した。一緒に乗っていたカレンは、心配そうに僕の額を流れる汗をハンカチで拭った。 「なんだよ、だらし無いなぁ。乗ってるだけなのに、どうしてそんなに疲れてるんだよ」 その獣は既に絶滅したはずの日本狼。犬神であり、この地一帯の土地神でもある。 そんな彼は僕の前に狼の姿のまま座ると、若干申し訳なさそうな顔をしながら、それでもそう口にした。 「速すぎだ!あんなに駆け回られたら呼吸だって碌にできないだろう!」 ぜえぜえと荒い息を吐きながらも、僕はどうにか文句を言った。 その言葉に、それは無いだろうと言いたげな視線をカレンに向けた。 「カレンは平気だぞ?」 「あのねスザク。ルルーシュを私たちと同レベルで見ちゃ駄目じゃないの」 叱りつけるような口調でカレンがそう言うと「ああ、そうだった」と、しまったと言わんばかりの顔でこちらを見てくるので、僕の苛立ちは更に高まり、二人を睨みつけると、顔を逸らされた。 事の発端は、スザクがオオカミになれるのなら、その背中に乗ってみたいと言うクラスメイトの発言だった。神の背に跨るなんて、罰当たりすぎるだろうと、その場は担任の南と共に説得し、その話は無くなったのだが、帰宅後遊びに来たカレンが「ホントは私もちょっとだけでいいから乗ってみたかったのよ」と言いうと、スザクが「カレンとルルーシュなら乗せてもいいぞ」という話となり、その週の土曜日、つまり今日。こうしてその背に乗ってみたのだが。 はっきり言って、スザクが咥えていたロープにしがみつくだけで精いっぱいで、その背に乗る感覚を楽しむ暇など一切なかった。まあ、カレンは「ジェットコースターみたい!」と、楽しげな声をあげてはいたが。 「じゃあ、今度はゆっくり走るか?なんなら歩くか?」 「いやもういい。乗せるならカレンだけにしてくれ」 「ルルーシュも一緒がいい。今度は注意するからさ」 まるで懇願のようなその言葉に、思わず頷きかけたが、いや、ここで乗ってもどうせ途中から全力疾走するに決まっていると悟り、首を横に振った。 「僕はしばらくここで休むから、少しカレンだけ乗せてみてくれないか?」 いまだに息の荒い僕に、それなら仕方ないなと言い置いて、スザクはカレンを乗せて走りだした。広々とした草原に、少女を乗せた狼が走る姿。まるで絵画の世界のような光景に、三番目の兄なら絵に描き残すなと思いながら、そ二人を見つめていた。 やがてカレンが何処かを指さすと、スザクはその方向に向けて駈け出した。視線を向けるとそこは断崖絶壁。 降りてよかったと、自分の判断の正しさに感謝しながら、ほぼ90度の絶壁さえ難なく登るその姿を見つめていた。はずだった。 「僕の記憶には何も問題はないな。となるとここは何処だ?」 突然途絶えた意識。そして目が覚めると、見知らぬ場所にいた。 簡素なベッドと、ハメ殺しの窓。薄暗いと天井を見上げると、3本はまっている蛍光灯は、そのうち1本しか用を成していなかった。どう考えても閉じ込められているなと判断し、自分の体を確かめる。痛いところはないが、腕に虫に刺された痕のようなものがあった。その中心点に針が刺さったような傷も残っている。消毒液の匂いがまだ僅かに残っていて、一応消毒だけはしている事は解った。 麻酔銃の類か?あるいは吹き矢か。どちらにせよ、好ましいものではない。 あの場所は確かに広々とした草原だが、枢木の杜の中にある草原だからすぐ側に木々が生い茂っていて、誰かが隠れる事ぐらい造作も無い。 スザクとカレンが完全に僕から離れ、僕一人になった隙をついたか。 狙いは何だ?あの家の連中にしては僕の扱いが軽すぎる。両手両足ともに自由で、声も出せるような状態で、しかも見張りも置かず閉じ込めるなんて考えられない。 テーブルの上に置かれていた未開封の天然水が入った2Lのペットボトルとガラスのコップを手に取った。こんな危険物を置いている時点で、やはりあの家の連中ではない事が分かる。 となると? 僕は気配を殺し、部屋の中を歩き回った。何処か物音のする場所は無いか聞き耳を立てていると、壁越しに人の話し声が聞こえた。 ガラスのコップを手にその場所へ戻り、コップを壁に着け、耳をそれに充てる。 僅かに聞こえる会話から、どうやら彼らは隣町の若者だと言う事が分かった。 人数は3人。 「成程、・・・下らない理由だな」 カレンではなく僕が狙われたのは性別故か、それとも外国人だからか。 どちらにせよ歓迎する。そして感謝する。カレンを狙わなかった事を。 「さて、僕を誘拐した事、後悔してもらおうか」 僕は天然水の入ったペットボトルを手に、この国に来てから浮かべる事の無かった笑みを、この顔に乗せた。 たった三人。しかも全員素人だ。 そう危険な物を仕掛ける訳にもいかない。 理由も下らないし、命を奪うのが目的でもない。 となると、少々お仕置き程度のダメージを与え、立ち去ると言うのがベストか。 コップを割って刃物とし、それを使いシーツを裂いていく。金属でできた重量のあるベッドに布製品。割れたガラスに水と容器。 シーツを割きながら、ふと視界に入った枕も切り裂いてみる。 「この枕、羽毛か・・・ああ、丁度いいな。これを使うか」 彼らにダメージを与える程度のトラップはこれだけあれば23通り作れる。 まあ、一番手間がかからず、さっさと終わらせれる物をそこから選び、音を立てないよう注意しながら仕掛けを施していった。 わざと立てた部屋の物音で、僕の確認に三人そろってやってきた時点で、念のため用意した他の仕掛けは無意味になった。一人で確認に、あるいは一人は別部屋で待機となった時用だったが、まさか間抜けにも三人そろってとは。 僕の居る部屋のドアが不用心にも大きく、しかも勢いよく開かれ、そのドアと連動させた仕掛けが、作動する。 彼らが数歩室内に入り、僕の姿が無い事に気づくその瞬間、彼らは僕の罠にはまった。 頭上から降り注ぐ生ぬるい液体。振り払おうとすればするほど纏わりつく白い物体。 これだけで彼らはパニック状態に陥った。 液体が水で、白い物体が羽毛だと言う事を、パニック状態の彼らは気づかず、その顔を恐怖に歪め、それらを振り払おうと手足をばたつかせ、大きな悲鳴を上げ続けた。 彼らが連想したのは虫らしい。大量の虫が天井から落ち、纏わりついていると思いこんでいた。 頭上からまだ羽毛が降り注いでいる為、彼らはそこから離れよう慌ててばたばたと、碌に確認もせずに足を進めた。その場所に来るよう誘導されたとも気付かずに。 そのタイミングに合わせ、ガラスの欠片を刺したシーツで作った紐を引っ張ると、彼らはその紐に足を引っ掛けた。突然足に加わった負荷と、鋭い痛みで彼らは更にパニックを起こす。この虫は牙がある。食われる。既に正常な判断など出来ないようだった。 あと、2.3用意していたんだが、これ以上はいらなそうだと判断し、パニックを起こしているこの隙に、ベッドの下に隠れていた僕は、素早くその部屋を後にした。 彼らが談話をしていた部屋に入り、彼らがそこに放置していた荷物を手にとり素早くトイレに隠れる。玄関のカギはもちろん開けた。 パニックから立ち直った彼らは、よく見れば部屋にいくつも子供じみた仕掛けが施されている事に気づくだろう。体に纏わりついているのは羽毛で、先ほどの痛みはコップを割って作ったガラス片だと気づくだろう。そして慌てて部屋を飛び出し、鍵が開いている事にも気がつく。もちろん靴も回収済みで、行儀は悪いがいつでも逃げ出せるよう今は土足だ。 おっと。玄関の様子に気がついたらしい。 一人外に出て、二人が携帯と鍵を取りに別室へ。そして荷物が無い事に気がつき、慌てて先に出た一人の後を追った。 これでチェックメイト。 簡単すぎたな。 僕はゆっくりと部屋を出ると、部屋の鍵を閉め、チェーンを掛けた。 これで彼らは入ってこれない。鍵は持っていても、チェーンを壊すには道具が必要だから、これで十分時間は稼げる。 誰か一人でも残った場合の事も想定して用意していた道具はもう要らないな。 鞄から犯人の一人の携帯を取りだすと、僕は手早くそのボタンを押した。 「おかえりスザク。遅かったな」 夕食の用意をしていると、不機嫌そうな顔のスザクが戻ってきた。 「おかえりじゃないだろ!何で一人で帰ってるんだよ!」 「いいじゃないか。どうせ今まで僕が居ない事も忘れて走り回ってたんだろ?むしろこの時間まであそこにいたら風邪をひくじゃないか」 僕がそう言うと、スザクは言葉を詰まらせたが、それでも納得できないと言う顔でこちらを見た。 「僕が家に戻っている事は、すぐに気がついたんだろう?」 「当たり前だろ」 「ならいいじゃないか。もうすぐ夕飯ができるから、待っててくれ。そろそろアニメが入る時間だぞ?」 さっさと台所に戻った僕を、納得できないという顔でしばらく見ていたが、僕の事を忘れて走り回っていたのはスザク自身だから、それ以上何も云えず、居間のテレビをつけていた。 「そうだスザク、君は犬ぞりのように、荷台を引いて走る事は出来るのか?」 「何で俺がそんなことしなきゃならないんだよ」 「やはり僕たちだけがスザクに乗るのは不公平だろう?君の背は危険だから皆を乗せる訳にはいかないけど、荷台にのって、ゆっくり走る程度なら問題はないと思うんだ。それに僕もそれなら乗れるだろうし」 僕とカレンの願いを無碍にするスザクじゃない。 「・・・考えておく」 予想通りの答えが帰ってきたので、僕はニコリと笑った。 「そうしてもらえると助かるよ」 台所に戻り、火にかけていた煮物の味を確かめながら先ほどの事を思い返す。 僕の連絡を受け、すぐに迎えに来た藤堂と桐原は警察をよび、その後戻ってきた三人を捕まえ引き渡した。そして、全ての内容を知ることになったが、やはりその内容は下らなかった。 僕の誘拐は嫉妬から来たものだった。 あの小学校には、枢木スザクが通っている。 だから、最近は近郊に住む氏子から、自分の子供も通わせたいと、転校させたいと望む声が後を絶たなかった。元々教室には余裕があったため、人数がそれなりに居たほうがいいだろうと言う桐原の判断で、1学年に1教室になる人数まで、転入を受け入れる事が決定した。 その競争率はすさまじかったらしく、最終的には公平にくじ引きで入る生徒を決めたという。近郊の町という事は、親がわざわざ毎朝車で送迎する事になるのだが、この転入にはそれだけの価値があると言う事なのだろう。 そんな彼らが転入してきたのは今週の月曜日。 ある意味特別に転入が許された子供たちは、目的であるスザクに当然付きまとった。そして「スザクがオオカミになれるのなら、その背中に乗ってみたい」と罰当たりな発言をする者が現れた。それはあっさりと僕と先生に断られた。 その僕がスザクと共に暮らしていると知れば、不公平だと思っても無理はない。 そんな生徒の兄がこの話を聞きつけ、今日友人を連れ、自分も友達になりたいとスザクに会いに枢木神社にやってきたのだ。おそらく麻酔はいざというときのためにスザク用に用意したもの。犬神と友達になりたいと願いながら用意するものではないが、人外に対する護身用だったのだと思う。 だが、スザクは神社に居なかった。もしかしたら杜に居るかもしれないと、山道を歩き、たどり着いた先で僕たちを見つけた。 そう、あの平原でスザクの背に乗る僕を見つけたのだ。 自分の弟たちは駄目で僕は許されるのか。 そこから生まれた嫉妬から僕を誘拐する流れになったらしい。 改造モデルガンを使い麻酔バリを打ちこみ僕を眠らせると、友人が運転する車に乗せ、隣町の隠れ家として使っている部屋にやってきた。 親が金持らしく、そういう場所がいくつもあるのだそうだ。 家具は多少用意したが、使うのは初めてだったというその部屋は、初めて使われたその日に、僕に盛大に汚されたわけだ。 彼らの目的は目を覚ました僕を脅し、スザクと離れさせること。 そしてスザクとの仲を取り持つこと。 そんな下らない理由で誘拐などしないでほしい物だ。 この前の事といい、どうしてこう皆自分勝手なのだろう。 「スザク。夕食にするから、運ぶのを手伝ってくれないか?」 その僕の言葉に、スザクは満面の笑みで返事をし、こちらにやってきた。今尻尾が見えれば間違いなく勢いよく振られていると思えるほど機嫌を直しているのがわかった。 誘拐か。久しぶりだったな。 まあ、この程度の事で身を引くほど僕は弱くはないけれど。 それでも、カレンに被害が及ばないよう、火種は消してしまわないといけない。 どうやって消そうか。僕はその事を考えながら、ご飯をよそった。 翌日、僕が誘拐された事を知ったカレンが早朝家に飛び込んできて、話を聞いて青ざめたスザクと共に「どうして何も言わないんだ」と泣きそうな顔で散々説教をされた。 |